女性の日

3月8日は『La festa delle donne・女性の日』です。

イタリアでは女性が互いに、又男性から女性へミモザ(ギンヨウアカシア )の花を贈り合います。花粉症の夫は家にミモザを飾っておくのを、非常に嫌がるので、飾ることが出来ない。(笑)又女性同士、この日の夜に子供は夫やベビーシッターに預けて、出歩く女性グループも多いはず。(誘われてもまだ、一度も行けたためしがないけれど・・・)

もともとの、起源というのは、1904年3月8日にアメリカ合衆国のニューヨークで、女性労働者が婦人参政権を要求してデモを起こし129人の女性が焼死したことなのだが、これを受け1910年にコペンハーゲンで行なわれた国際社会主義者会議で「女性の政治的自由と平等のためにたたかう」記念の日とするよう提唱したことから始まった。

国連は1975年(国際婦人年)の3月8日以来この日を「国際婦人デー」と定め、現在は国連事務総長が女性の十全かつ平等な社会参加の環境を整備するよう、加盟国に対し呼びかける日となっている。2000年には、国連人権高等弁務官のメアリー・ロビンソン(Mary Robinson、アイルランド初の女性大統領)が21世紀に向けて「女性が権利の獲得に向けたこれまでの歩みを祝うと同時に、女性被害者は、いまだに跡を絶たないことを想起する日」であると言明する文書を発表した。

さて、国際女性デー、を初め女性に関することを調べてみると、女性参政権、女性政治家、男女雇用機会均等法、キャリアウーマン、女性学、フェミニズム、女性解放運動、女性差別、セクシャルハラスメント、ドメスティックバイオレンス、母性、などなど色々な研究題目が出てくる。

いずれにしても、日本も戦後、女性の地位が大いに向上し、その社会への進出が目覚ましくなった。でも、まだまだ女性がリーダーシップを取ることに抵抗があるように感じるのは私だけではないだろう。どうも、まだまだ、いまだに『女の癖に』出過ぎないよう、『女だてらに』男性を指揮するなど生意気だという感覚が社会に根強く残っているような気がする。また、周囲がリーダーシップを取る女性を抑制する傾向さえ感じてしまう。

女性政治家といえば、日本では、Y大臣の失言に対する女性議員の目くじらたてる態度は、もちろん女性として反論したいことはわかるし、大いに反論してほしいのだが、どうも女性の嫌な面、たとえばヒステリックなところばかりを強調しているようで、いただけない。やはり、リーダーシップを取る女性は、女性特有の美しさ、優しさ、つつましさがあって欲しいと思う。

この3月8日を迎えることによって、やはり『女性』であることを考え直す機会になれば・・・と思う。

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